百人一首に見る掛詞 その2







●24番 菅家(かんけ)
このたびは幣も取りあへず手向山 紅葉の錦神のまにまに
このたびは ぬさもとりあへず たむけやま もみぢのにしき かみのまにまに

掛詞:「たび」は「度」と「旅」の掛詞
意味: 今度の旅は急なことで、お供えの幣帛(へいはく)さえ用意できておりません。この手向山の紅葉の錦を捧げますので、どうぞ神の御心のままお受け取りください。

●25番 三条右大臣
名にし負はば逢う坂山のさねかずら 人に知られで来るよしもがな
なにしおはは あふさかやまの さねかづら ひとにしられで くるよしもがな

掛詞:「あふ」は「逢う」と「逢坂」の掛詞、「さね」は「さねかずら」と「さ寝」の掛詞、「くる」は「来る」と「繰る」の掛詞
意味: 「逢って共寝する」という名を持つ逢坂山のさねかずらの蔓(つる)を手繰り寄せるように、人に知られずにあなたの元へ来る方法があればなぁ。

●27番 中納言兼輔(ちゅうなごんかねすけ)
みかの原わきて流るるいづみ川 いつ見きとてか恋しかるらむ
みかのはら わきてながるる いづみがは いつみきとてか こひしかるらむ

掛詞:「わきて」は「湧きて」と「分きて」の掛詞、「いづみ」は泉川の「泉」と「出水」の掛詞
意味: 瓶原(みかのはら)を二つに分かれて湧き出る泉川の「いつみ」ではないけれど、いつあの人に逢ったというのでこんなに恋しいのだろう。

●28番 源宗于朝臣(みなもとのむねゆきあそん)
山里は冬ぞ寂しさまさりける 人目も草もかれぬと思へば
やまさとは ふゆそさびしさ まさりける ひとめもくさも かれぬとおもへば

掛詞:「かれ」は「離れ」と「枯れ」の掛詞
意味: 山里はとりわけ冬はさびしさが増すなぁ。訪れる人もなくなり草も枯れてしまうから。

●51番 藤原実方朝臣(ふじわらのさねかたあそん)
かくとだにえやは伊吹のさしも草 さしも知らじな燃ゆる思ひを
かくとだに えやはいぶきの さしもくさ さしもしらじな もゆるおもひを

掛詞:「いぶき」は「言ふ」と「伊吹」の掛詞、「おもひ」は「思ひ」と「火」の掛詞
意味: こんなにあなたが恋しい私の気持ちさえ言うことができません。まして伊吹山のさしも草のように、私の燃える思いがこれほどまでとあなたは知らないのでしょう。

●58番 大弐三位 (だいにのさんみ)
有馬山猪名の篠原風吹けば いでそよ人を忘れやはする
ありまやま ゐなのささはら かぜふけば いでそよひとを わすれやはする

掛詞:「そよ」は「それだよ」と笹の音「そよそよ」との掛詞。
意味: 有馬山の近くの猪名(いな)の笹原に風が吹いて、そよそよと音をたてていますが、それよ、私はあなたのことを決して忘れるものですか。

●60番 小式部内侍(こしきぶのないし)
大江山いく野の道の遠ければ まだふみも見ず天の橋立
おほえやま いくののみちの とほければ またふみもみず あまのはしだて

掛詞:「生野」と「行く」の掛詞 、「ふみ」は「踏み」と「文」の掛詞
意味: 大江山を越えて生野を通って丹後まで行く道のりはあまりに遠いので、まだ天の橋立の地を踏んだこともなく、母からの文も見ていません。

●62番 清少納言
夜をこめて鳥のそら音ははかるとも よに逢坂の関は許さじ
よをこめて とりのそらねは はかるとも よにあふさかの せきはゆるさじ

掛詞:「あふ」は「逢ふ」と「逢坂」の掛詞
意味: 函谷関(かんこくかん)の故事に習ってまだ夜が明けないうちに、鶏の鳴き声をまねてだまそうとしても、この逢坂の関は決して許さないでしょう。私はお逢いしませんよ。

●67番 周防内侍(すおうのないし)
春の夜の夢ばかりなる手枕に かひなく立たむ名こそをしけれ
はるのよの ゆめばかりなる たまくらに かひなくたたむ なこそをしけれ

掛詞:「かひなく」は「甲斐なく」と「腕(かひな)」の掛詞
意味: 春の夜の夢のようにはかなく短い添い寝の手枕のために、つまらない浮名が立ってしまうのは口惜しいことです。

●72番 祐子内親王家紀伊(ゆうしないしんのうけのきい)
音に聞く高師の浜のあだ波は かけじや袖のぬれもこそすれ
おとにきく たかしのはまの あだなみは かけじやそでの ぬれもこそすれ

掛詞:「たかし」は「高師」と「高し」の掛詞。「かけ」は「(波を)かけ」と「(思いを)かけ」の掛詞
意味: 有名な高師の浜のあだ波が袖にかからないようにしよう、袖が濡れてしまうから。浮気者で有名なあなたのことも気に掛けないようにしましょう、後で袖が涙で濡れるのですから。
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